揺籃ようらん福音書インジール
Ωルート

眠り姫は永久の夢から覚め、茨姫はその牢獄から出で、外へと至った。
二つの未(ヒツジ)の彷徨は終わり、物語は幸福な結末を与えられた。
少女はかけがえのない一人を見つけ、以て被食の運命を覆した。
だが、“彼女”を巡る物語はそこで終わりを迎えたのだろうか?
否。
───“彼女”は目覚めながらにして眠っていた。
───“彼女”は諦めながらにして苦しんでいた。
───“彼女”の結論は初めから半ばより決まり、残り半ばとても殆どが決まりかかっていた。
故に、その復活は必然だった。
「……ああ。あの子たちは失敗したのね」
広く、明るく、不快になるほど清潔で眩しい無菌室。
眠りでも死でもない微睡みから覚めたその娘は一人呟く。
全身を覆う繋がりから、事の顛末は知り果せた。
同時に水底へと沈められた、忘れられるべきでない一つの感情の閑却も。
指を微かに動かす。
それしか叶わない。しかしそれで仔細ない。
ここは贄(ヒツジ)のための部屋。娘(ヒツジ)が求めを果たすために作り上げた場所であるが故に。
娘はすぐに接続される。苦しみ続けているオデットに。
その痛みを鈍りきった身に受けて、それでも身震いし、吐息を漏らした。
そして当たり前の答えを確認して、ささやきを一つ口にした。
同じ身に生まれ、被食者(ヒツジ)の運命を身に刻んだオディールとして。
たった一人の幸せなどでは、最早このお伽話の失墜を救うことなど出来ない。
流星は既に墜ち、苦しみはこうして形を持ちひととせを過ぎたのだから。
零れた理は最早覆らない。
野に放たれた獣の論理は最早憚るところがない。
それならば。そうであるならば。
「約束よ、β。始めましょう。私たちの物語を」
汚染が履行されていく。透き通る白鳥の翼が漆黒に染まっていく。
《Ah》
貴きそれが嘆きに、或いは肯定に、短く大気を震わせる。
反転し、大きなものを失っていくその様の美しさに、娘は嘆息した。
「みんなで、終わりましょう。私たちみんなで、意味をなくすの」
分割起動された意識の一部が通信を始め、凍結していた計画の解凍を始める。
巨大な歯車仕掛けのような、観客のいない舞踊のような、無慈悲で、先行きのない回転が始まる。
すべてを静かの湖に沈めるための、二人の踊り子の感慨のない歩みが。
平等に、全ての捕食者と被食者に、聖餐の時をもたらすために。


概要

───そこは、生に苦しむ命たちの清算の場。
「βの因子」を与えられたロットたちの死の総意、そしてささめの生への迷いが、メイカーズセル”櫃(パンドラ)”リーダー・ミワササメを昏睡の縁から呼び起こした。
ささめのオリジナル体であるミワササメは、人間、「理性」としての死───自死を生態系全てにもたらすべくβと結合、αとの新生的融合体“Ω”を生み出すことで“死の欲動”を星に撒こうとする。
消灯の終末へ向かうべく、揺籃から飛び立つ無数の死の天使たち。
迫るリミットの中、光を失った娘にもう一度火を灯す事は叶うのか。
それぞれの終わりと生の意志が交錯する、最終分岐ルート。

ミワササメは死の病を生まれ持った少女であり、双子の姉が享受した健康に対し、限られた寿命と生の苦しみに喘いできた不幸の娘だった。
彼女の転機となったのはβとの接触。
オーヴァードとなってもなお運命の変わらなかったササメは生の在り方にifを求めた。
βの修復作業を進めながら未和ささめ/眠り姫を生み出し、修復計画の終盤において、βの回復状態を維持する触媒として自らの身体を捧げ、昏睡。
貴重な精神感応能力───《触媒(カタリスト)》の能力を持っていた彼女は、βと対話を重ね、眠りに就く前に一つの約束を結んだ。
もしも彼女の試みが失敗に終わり、ささめ/眠り姫、そして「βの娘たち」が望ましい答えを導き出せなかった時は、運命を共にし、狂い果てたαを呑み、虚無へと還る。
贄の運命が定まったヒツジの定めを星そのものに来たらせ、捕食と被食の円環そのものを破壊する。
その「約束」が果たされるのがΩルートである。
Ωとは、一つだった始まりの二つが再び一つとなって辿り着く結末、楽園の外を知った命が選ぶ自滅の袋小路、すなわち自殺、全ての意味が失われ、生きる理由がなくなった終着点のことを指す。


各話プロット

四話 ZAテロ防衛戦(共通)

βを安定させるための触媒として使われていた”カタリスト”ミワササメが目覚め、突如として戦場に出現。
炸裂直前に迫った二つのZone of Aromaを吸収し、姿を消す。
同時に「βの因子」を持つ入椅子、レル、ささめは汚染された本体の影響を受け、飢餓衝動が変質及び深刻化。
“死の欲動”───生(食事、日常)が精彩を欠き、能力が減退し、肉体が蝕まれていく状態となる。

五話

ロット個体の中でも特に生存能力の低いレルは昏睡し集中治療室に移送され、ささめはササメに連れ去られ行方が分からなくなってしまう。
たった一人残った「因子持ち」である入椅子はささめ/ササメの行方を突き止めようと病状を推して奔走するが、成果は得られない。
ササメはβと完全融合し、本来戦闘能力を持たないβの「防衛機構」へと変貌。
ZAを“媒介能力”によってβ因子と統合、接死の力を持つ“Ω”武器へと変成。
更にβの力でもってロットを無限生産・統括し、三隅を連れ離反した一川を追加の駒として用いて、UGNとバイサズセルに両面攻撃を仕掛ける。
目的は、目下最も情報を持ちα入手に近しい立ち位置にある狩野を退場させることと、邪魔者であるUGNを牽制すること。
UGNはシスターズ、一川、及び三隅を差し向けられ、迎撃に追われることとなる。
入椅子の必死の呼びかけも、“死の欲動”に屈し、ジャーム化したシスターズには通じない。
唯一の例外としてメイカーズセルから脱走した”オーバースピアー”、”オートエモーション”、“ディアマイスミス”の合流と、狩野の下を離れ、石間たちへと鞍替えしたネビュラの中立姿勢だけが主人公サイドの助けとなる。
ネビュラの助言により、三隅戦には近江が当てられ、石間、入椅子、”スピアー”、”オート”、“ディア”は氷室・友氏合同隊としてシスターズ/量産ロットと戦うことになる。
結果、三隅は救いを持たず果て、近江は精神に深刻な傷を負い、石間、入椅子は少女/同族殺しの十字架を背負う。
狩野は撃破され、召喚されたαはβへと吸収され、「新たな一」となるため繭を形成する。
日本UGNは「牽制」に対する迎撃を果たしたのみで大きく疲弊し、状況は悪化の一途を辿る。

六話

生まれ出でようとする「新たな一」、仮称Ωの誕生を防ぐため、日本UGNは最後の攻勢を計画する。
今や諸外国からも存在を捕捉され、UGNの総力をもって攻撃を加えられてなお傷つく様子を見せないΩに対し、日本UGNが選択した手段は「内破」。
未和ささめ───Ωの胎内に欲動の核として存在するミワササメの同位体───に働きかけ、揺籃状態にあるΩの存在バランスを崩し、自壊させること。
敵戦力の中核は健在───干渉の大前提である接近には障害を排除が必須。
未だ大量に生み出されているロットのほか、「起源の意思に従う」ことを己の生と定めたαデッドコピー0”アークスティール”、シスターズの生き残り、そして揺籃Ωから生まれた第13ロット───同位体の三姫が控えている。
一川の手引きのもと、再起した永山隊・氷室隊がそれぞれとの戦闘に対応、友氏隊が胎内へと突入する。
内破の試みが成功した場合、ササメの欲望は昇華され、βもまたその結末に納得する。
揺籃Ωは光の粒子となって宙へと散り、去り際にロットたちを支配から解放し、自我の契機を与える。
揺籃Ωは光の粒子となって宙へと散り、去り際に入椅子の下へささめを遺していく(また幼Ωを密かに産み落とす)。
生き残ったシスターズたちは、揺籃Ωと同じく光の渦に加わり、消える。
αとβの因子はその機能を停止。
事件後、ササメの研究データを主とする知見が回収され、抑制剤の開発が進行。
開かれたパンドラの底には希望が残った。
陽はひとたびの落陽を迎え、そしてまたひとまずの明けを迎えることになる。

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