Resonance・Fool
安食 / φルート(グランドシナリオ・αβ後日譚)

#1

___最近、安住の地に人が増えた。具体的に言うと毛嫌いしているオーヴァード、しかも子連れと来た。
毎回入って来る時はドアを破壊する、勝手に人の貯めた酒を飲む、飯をオーダーするわ人のベットは勝手に使う。やりたい放題もいい所だ、それが今目の前にいる___

「……なんだ、人の顔ガン見して。殴るぞ」

この気に食わねえ顔した一個上の男【三隅柊吾】、それとその男の連れ…

「ミスミ、作ってもらってるんだから」

【セルシウス】と名乗った少女、とある雨の日にこの少女が三隅を担ぎ込んで来たのがきっかけだ
「現在」は無所属ということで大目に見ている、まだセルシウスの方は聞き分けがいいし飯の作り方を教えて欲しいだの、割と優良児だが
コーヒーを淹れながらデカい溜め息を一つ漏らす。さらば私の静かな私生活…心の中で嘆くがどうせあいつは体のいい第2の家みたいな感覚でウチの診療所に来ているに決まっている。待合用のソファーで横になるのはやめて欲しいものだ、営業してるときにされると蹴り飛ばして起こす事もよくある。
苦めのやつしか飲めないらしいのでガッツリ苦めに焙煎してやった、起き抜けの頭によく染みるだろうよ。

「ほら、出来たから食え、飲め。」

三隅にはブラックコーヒー、セルシウスには適当にパンケーキとミルクを出してやった。
私?私は___

「クソが切らしてやがる…」

空になった輸血液の袋ばかり入っていた、とはいえ見た目は市販のゼリー飲料の容器で偽装してある。そのうちまた補充しなければ
ズズ…と液体を啜る音が聞こえたので普通に飲んだらしい、パンケーキも見れば皿が真っ平らになっていた

「ヒイラギ、ごちそうさま」
「あいよ」

コーヒーも空になっていた。

「美味かったかよ」
「不味くはねえ」
「チッ、嫌味か」

皿を片付けて自らも一息つく、そもそも何故私はこいつらに飯を?という疑問を軽く抱くがまあ忘れておこう
秋の昼過ぎ、暑さが消えて具合がいいが今日は雨だ。
この様子だと患者も来ねえだろ…とcloseの札を下げておいた、ドアを叩いた患者はワケありと見なして対応するが大体いつもこういう感じの営業だ。
適当にソファーに置いてあったぬいぐるみに顔を埋めて寝る事にした 、どうせ止める奴もいない。
意識を落としてどれだけ経ったかは分からないが目を開けると室内は暗い、背中にちょっとした温もりと、腰に違和感を感じたので手を伸ばすと小さく細い腕に触れた

「……セルシウスか…」

気怠そうに身体を起こすついでに起こさないように腕を外した。…普通にしてれば女の子だ、それでも異形だ。それがこの世の中だ
のそりとソファから起き上がる、セルシウスには代わりにぬいぐるみを持たせて誤魔化しておいた
適当にサンダルを履き、診療所を出る。

夜のネオン街、このビルは路地裏に位置するので夜の治安はそこそこ悪い方だ。ジャームが適当に喧嘩を売って来る日もある
…寝たのに眠いのはいつもの事だ、不眠症だし今は腹が減ってるのもある。

「…はあ、三隅の分も暇だし持って帰ってやるか…」

怠そうに頭を掻いて、新宿の路地裏を目指した。


#2

ジャリ、と乾いたアスファルトを足を半分引き摺る様にして歩く。ネオンギラつく夜の街、その光が差し込まない路地裏を1人で歩いていた
稀にこうして、最近は頻度が増えたがジャームを探して街を出歩く日がある。重要な飯探し故に面倒だがこうして出歩く必要がある。血液は黙ってても仕入れられる訳じゃないからだ、最近はゼムオールとか名乗る運び屋が足を運ぶから金さえ払えば仕入れられなくもない…が

「それはそれとして憂さ晴らしもしてえんだよ…」

そう言った瞬間後ろから足音がしたと知覚したが既にもう後ろにいたらしい、腰に手を回された。

「先生まーた夜出歩いてる。目立たないようにしてるのは分かるけどさー、わざわざジャーム殺さなくてもいいじゃん」
「…諏訪部、お前いつから後を尾けてた」
「先生がビルから出た瞬間から」

当然のように言ってのけた人物は諏訪部 留右。いつ頃からいるかすら覚えていないが診療所に居候している女。どうやら私に異常な程の執着があるらしいが真意はわからない、普段は薬を作ってもらうという理由で診療所に置いている。

「お手伝い、いる?」
「…どうせそのつもりで来たんだろ、その手借りてやるよ」

そう言うとまるで子供のように表情を緩めて笑った
が、本人は私のような運動能力は無い。詰まる所私が餌を釣る必要があるのだが…

「運がいいな、向こうから来たぞ」
「いつも通りでいい?先生」
「好きにしろ、私に毒当てなきゃそれでいい」
「そんなヘマしないよ〜」

言い終わると同時に目標に向かって走り出す、ここは路地裏だ。詰まる所狭く、鎖を引っ掛ける場所も多い
壁を蹴って目標の真上に移動、相手が避けると踏んでメスを投げ付ける。大体のジャームは獣並の知性だ、飛んで来るものは避ける。だからこそその避けた先に___

「単純だねぇ、単純単純」

諏訪部の毒が待っている、遅効性の腐食毒だ。手足の先から朽ちるというエグい代物なので可食部位を残すためにそれなりに能力の強さはセーブして貰っている。

「はいご苦労さん」

目標が毒で足が止まっているのを見逃さず上から頭を打ち砕く踵落としを目標へ見舞う、今日のは単純だったからまだマシだが動きが無駄に早いのとかは三隅がいないと面倒になる

「あー…今日のは楽だった、帰るぞ諏訪部」
「はぁい、でもまたあの男に構うの?」
「あー…アレは勝手に来て勝手に帰るから、見ぬフリしとけ…」
「チッ……」

露骨に嫌な顔をした、これはそういう女だ。使い所さえ間違えなければこれ以上ない程いい人材なのだが…
手早くジャームを解体して血を全部抜き、雑に袋にぶち込んで袋を背負う。

「……帰るか」

はあい、と気の無い返事が返ってくる。
これが極普通の隣人、ピースウォーカーとUGNから呼ばれた女【諏訪部留右】という女である
この女と出会った経緯は今でも本当によく覚えていない。気付いたら居た、そういうレベルだ
精々上手く使わせて貰うことにする


#Another

_____雨が降る日は昔から嫌な事しか起こらない、そうだと相場が昔から決まってる。今日はとりわけ雷雨で土砂降り、低気圧の偏頭痛も相まって機嫌はこれ以上ない程に最悪だった。

「………あ゛ぁ…頭痛え……」

ソファーで丸くなって蹲りながら眠っていた中の話、それと飛び切りに最悪の話だ。

乱雑なノック音、鉄の扉が掌で叩かれる音がする。
クソ程気前のいい目覚ましだ事、診療所のドアにかかった札が見えなかったのか?と口に出したかも分からない状態で床にドチャリと崩れ落ちるようにソファーから落下して起き上がる

「………はい、ご用件は」

自分でも分かる程度にはドスの効いた声だったと覚えている、少し怯えたようなか弱い声がドアの向こうから返ってくる

「あ、あの…お医者さんがここにいるって…」

……年若い声だ、おそらく10数歳。流石にそんな事を言われて帰れという程薄情ではない、ドアを開けるとそこには

全身ズブ濡れ、階段や廊下には赤い血溜まりを引きずるように残して来たであろう長身の男を担いだ小さな女の子がいた。

「……ああ?なんだこりゃ事故か?車にでも轢かれたのかよ…」
「え、えっと…その、人に襲われて…」
「…ハァ…その手かよ…入れ」

ひとまず少女から男を受け取り俵担ぎにして診療所内に運び入れる

「…ガキ、こいつの名前とお前の名前は」
「私はセルシウス、こっちはミスミ…」
「ミスミ、か。うわこいつ酒臭え…とりあえず傷の治療とか諸々はしておいてやる、そこのソファーにでも座って待ってろ…留右、留右!!」

隣の部屋に声を張り上げて居候の女を呼ぶ

「はあい先生呼ん…うわ誰それ」
「患者だ、時間外だがクライアントはそこの女の子だ。治療の間相手してやれ、飲み物とかは出せるだろ」
「ん、分かった。キミ、名前は?」

後は任せておいていいだろう、とりあえずコレの治療をする事にした。いつも通りの副作用を抑えるために酒を呷る

「…うし、やるか」

自分の血肉を他人の物に適合させて治す…それが普段の外傷の治し方だ。他の私と同じ程度の能力を持つ奴なら普通は無から有を生み出すんだろうが私の治し方はこれだ

「クソ、こいつ身体の中どうなってんだよズタボロじゃねえか…見るに見兼ねるぜ…」

カチャ、カチャ、とメスとハサミを使いながらおそらく薬や私生活の歪みから来るであろう肝臓などの内臓部分を作り変えて摘出する、自分の指先を齧り血を垂れ流しながら部位を精製して、一通り瀬術を終えたのは2時間を過ぎた頃だった

「クソ…頭痛え……」

思わず施術台に手を置いて床に膝から崩れ落ちる。大粒の汗が床にパタパタと落ちた
おもむろに手の届く範囲内にある棚の奥に手を突っ込む、施術中にもしもの事があった時のために輸血液のスペアを隠してある場所だ

「クソ……金ふんだくってやるからな…」

輸血パックから血を啜りながら、施術台の上で寝息を立てている男を睨みつけながらそう言った
ガチャリ、と扉を開けて診療所の二人が待っているであろう場所に戻って来た。どうやらこの短時間でだいぶ仲良くなったらしい、諏訪部がセルシウスと名乗った少女を抱き抱えていた

「終わった、身体の内部もズタボロで外傷以外にも身を蝕んでた。サービスで治しておいたがそれなりに金は貰うぞ」
「あ、ありがとう…お金はミスミがなんとかすると思う…」

それを聞いた瞬間意識がフッと途切れた、視界が揺れたような気がしたのでおそらく気絶だろう。考えることはない。
次に目を覚ました時は夜だった、目を開くとこちらを見下ろす患者だった男がいた

「お前か?俺の身体治して中身弄ったのは」
「………元気そうだな、礼ならお前を運んできた女の子に言えよ」
「ハ、料金はいくらだ。それと薬は出せんのか」
「20万で勘弁してやる、薬はそこの諏訪部が作る。それから…お前はオーヴァードだな」
「……チッ、テメェらもかよかったりぃ…」
「こっちのセリフだ、何があったか聞かせろ」

……ここから、クソ厄介な客が一人増え、人の家を我が物顔で使う三隅柊吾という男とセルシウスという少女がこの診療所に居座るようになった
その始まりの話


#3

雨の日は何かしらの不運が起こる。昔からの相場というか私にとっての迷信がそれだ。
起き抜けの気怠さも相俟って嫌な予感が全身で感じ取れる、予想的中というべきか下の階が騒がしい。室内に誰もいないことから諏訪部あたりが下の階に降りたかと察する。
聞けば数人いるか?なんにせよ面倒だが確認には向かう、来客には白衣を着て対応する。嫌な予感だけは人並み以上に当たる、
そんな当たりはいらないから宝くじだとかバイサズの研究進歩でも欲しいもんだと階段を下りる

「あ、先生...」
「よう...ああ、てめえらか。」

視線の先には諏訪部と朝霧、そしてスーツを着た男性と女性がそれぞれ1人、入口に突っ立っていた。
恐らくUGNの職員だろう、わかりやすい

「ああ、貴方が朽災者さまですか?」
「あ?なんだそりゃ、お前らでいうとこのコードネームってやつか?」
「はい、我々UGNはあなたをそう呼称させて頂いております」
「御大層な呼び名だな、てめえらクソ共がここに何の用だよ」

そう吐き捨てると女性のほうの職員がアタッシュケースを開き、何かのサンプルらしきものを取り出した。

「あなたが我々を嫌悪しているのを承知でご依頼させて頂きます、とあるバイサズを排除していただきたいのです」

そんなことだろうと思ったが大正解とは恐れ入った、ただ今の状況を見るならバイサズのサンプルを手に入れれるのは好都合だ、ここしばらくはバイサズとの新規接触やサンプルの入手が出来ていない。零號セクションと呼ばれるバイサズ研究機構に所属している人員は私を含めて6人。頭は私だがどちらかというと各自が各々で調べたものを置いて帰る野球部の部室のようなものだ

「で、それの鎮圧を俺たちにしろと?わりぃが物は弾んでもらうことになるがそれを承知なんだな?」
「はい、いかなる手を使って頂いてもかまいません。あなた方にしか頼めないことなのです」

そこまでこいつらが言うレベルとなれば相当なもののはずだ。支部や本部には腕利きもいるだろうに何が原因でそうなった...?

「わかった、概要を聞かせろ。朝霧、悪いが今日は店閉めてくれ、あとコーヒーをこいつらに」
「はいはい~じゃあこちらのテーブルにどうぞ」
「申し訳ありません、お引き受け頂いた時点で感謝の限りです。」
「御託はいい。さっさと内容を教えろ」

そう言うと職員は資料を広げて見せた、どうやら予想以上のものらしい。衰弱している生物を死に至らしめる。本人の意思は問わないというものだった。

「...こいつの所在地は」
「今は不明ですが出現次第こちらのデバイスに連絡いたします、盗聴の類はありませんのでご安心ください」

わざわざ言うんじゃねえよ、とは口に出さないでおいたが顔はしかめっつらになっていたらしい、諏訪部から肘でどつかれた。

「それでは我々はこれで失礼いたします、どうかお気を付けて」

ガランガランと退店のベルを鳴らし、雨の街に消えていった

「面倒なことになったもんだ...」
「好都合じゃない?私も協力は惜しまないわよ?」

朝霧はそう言うが即死判定は私でも治せない、あくまで生きているなら治せるが死んだ者は帰ってこないのだ。

「いや、単に嫌な予感がするだけなんだよ」
「珍しいねえ先生がそう言い切るなんて」
「悪いかよ、久々にデカいヤマ引き当てちまったな...」

雨は未だ降り続いている、ここからの1週間が全ての分かれ目であり、終着点である。


#4

人類には救済が必要だと、生まれて間もない時から考えていた。どうしてもわからなかったのは、救われなくてもいいと思う人類が少なからずいることだった。
母親に等しい人は何も教えてくれなかった、だから自分で学んだ。こうすれば人は喜ぶ、救われる。

「貴方は救われたいですか?それでしたら私に身を預けてください。きっと幸せに、お救いしてあげますよ?」

目の前で、這いずり回りながら救いから逃げようとする愚かなヒトを、また救ってあげることにした。


「...で、これが例の変死体?心臓発作ってわけでもねえよな?」
「はい、これが我々が提示した姫と呼称している存在のやり口です。」

都内某所の路地裏、ブルーシートの張られたテント内に、先日診療所に来たUGNの職員が案内してくれていた。目の前には安らかな顔に見える男性の死体が地面に横たわっていた。

「外傷はなし、心臓発作で死んだにしては表情があまりにも穏やかだな。明らかにおかしいのが一般人にもわかるはずだ。」
「救済と銘打って衰弱した人物を即死させる。そういった具合の能力と大体解釈していただければと」
「ずいぶん御大層だな、死が救済なんて言って抜かす輩は大体自己陶酔してるかマンガの読みすぎだぞ」

吐き捨てるようにその姫だとかいう存在に言ったつもりだ、実際表ざたには活動出来ないが医者として人の治療を生業にしている以上は腹の虫の居所はだいぶ悪い。

「ちなみにこの対象は精神内部を透視することも可能な個体です、過去にトラウマをお持ちでしたら相対する際はお気をつけて」

そう、これが最大の障害になりうる。過去の傷跡がどれほどの判定としてみなされるのかがわからないのが非常に厄介であり、なおかつ諏訪部や朝霧がこれに引っかかるとマズいのが今回背負うことになるハンデになる

「婆ちゃん...」

いや、その過去はもう捨てた。割り切ったことだ。ばあちゃんのあの言葉があったからこそ今この体になっても自分でいることが出来ているのが証明だ。
ひとまず被害者の血液から致死要因を調べようとしたが、まるで雲をつかむかの如くメトリーが仕事をしない。死因が分からないのは医者として敗北感を覚えるが、それ以上にどういったプロセスで対象を殺害してくるのが分からないのは戦闘を計算するうえでの重大なハンデになりうる。

「なあ、その幸福の姫君だったか?どういう条件で、どう殺してくるんだ」
「我々も彼女の殺害方法には明白な回答を用意することが出来ません。こればかりは申し訳ありませんが...しかし情報によれば対象の外傷の深さなどで殺害可能ラインをある程度図っているとのことです」
「つまり、当たったら死ぬ気でやればいいわけだろ?それから随時治療もその言い方だと通用するな、それだけでもわかることはある」

すっと立ち、現場を後にする。諏訪部は診療所に置いてきたので足早に戻ることにした、すねられても困る。

「めんどくせえ、何が救済だ。んなもん現代に生きてる限りねえんだよクソが。」


診療所に戻ると見慣れた、というか見たくもない顔がいた。

「ようクソ医者、薬貰いに来たぞ」
「諏訪部に頼めよカス、いるだろ」

まるで犬の威嚇のように唸りながら三隅をにらんでいる諏訪部がいた、傍らにはセルシウスの姿がある。
金だけは毎回用意してくるので断るわけにもいかないのが余計に癪に障る

「ほらよ、あと今回は肉はねえぞ、仕事が入ってるから漁りにいけてねえからな。」
「あ?てめえが仕事だあ?どんな仕事だよ、どうせ汚れ仕事なんだろ」
「UGNの指定した対象を殺してこいだとよ」

資料を投げ渡すとセルシウスも一緒に見始めたが二人とも眉間にしわが寄った

「...お前、とんでもねえ貧乏くじ引かされたな、ご愁傷様」

そう言い残してソファで眠り始めた、嘘だろこいつ。

「セル、起きたらこいつしばいていいか?」
「それはミスミに聞かないとわからない」

はあ、とデカいため息をついてタバコに火を付けた


#5

「お婆ちゃん!今日もね、クラスの子が怪我した時に手当てしてあげたんだ!」

無邪気に微笑む少女がいた、傍らには老齢の女性が同じように柔らかな微笑みを浮かべ、こう答えた

「いい子だ、その子はちゃんと喜んでいたかい?」
「うん、ありがとうって言ってくれた」
「そうかい、それならいいんだ。あんたも人に感謝を言える子でありなさいね」

お婆ちゃんが大好きだった、母や父よりも、医者であった祖母をずっと尊敬していたしあの優しい声をもう一度聞けるのならまた話したいとも思う、それは一種の願いであり、呪いでもあった


重い瞼を開いた、いつも通り無機質な材質の剥き出しのコンクリートの天井、軋む身体を起こしてしばらく虚空を眺めた
過去の話だ。もうあの頃のような純粋な心は無い。実際今は現実のワースト最底辺くらいの存在だろう、隣にボロ雑巾みたいになって丸くなって寝ている三隅には目もくれず部屋を出る

「留右…クソ組織から渡された端末に反応はあったか…」
「まだ無いよ、見つかってないみたいだねえ」
「…そうか」

見た夢が夢なだけに、例の対象と戦闘する際の不安はそれなりにある。自分でも過去を引きずっている、それは自覚しているつもりだ

「先生顔色悪いけど、またなんか変な夢でも見た?」
「なんで分かるんだよ…まあそんなとこだ、気にすんな」
「先生の事なら顔見れば大体分かるよ、大丈夫なの?例の対象、過去覗いて来るんでしょ?」

それは分かっているつもりだ、確実に見られて突っ込まれるだろう。だからどうした、割り切ったからこそ今ここにいるのが私だと

「救いだのなんだの、ウザってえ野郎な気がしてならねえなあ…会う前から虫唾が走りそうだ」

隣の部屋の扉が衝撃音と共に勢いよく開いた、三隅が蹴り飛ばしやがったな。

「おいヤブ、飯寄越せ」
「肉はねえぞ、食えるもん食いたいなら朝霧に頼むか素直に私の飯でも食うんだな」
「チッ」

舌打ちをしておそらく下の階へ向かった、朝霧の飯は少なからず三隅が完食出来るように調整されているのでとりあえず任せておいていいだろう。まずそれよりも対象がどうアプローチして来るかを考える。
まあ三隅とセルを連れて行く訳にもいかない、私と諏訪部、それから朝霧の3人での戦闘になるだろう。全員過去に爆弾を抱えているので不安しかないメンツだが他に手を借りれる人員がいるわけでもない、あれやこれやの対策は考えておくべきだろう
依頼を受けてから既に7日は経つ頃だ、動きがあったとしても何らおかしくはない。無論依頼を受けてはいる身だが診療所の営業も継続しているので早めに来てもらわないと困る。

「留右、こないだのばあさんの薬予備あったか?切らした気がしたんだよな...」
「んー、あったかなあ。探してみるよ、ないと困るんでしょ。」

棚をガサガサと漁り始めた、常に営業ができるわけではない、今回の件で最悪私が死ぬ可能性さえある、シンドロームの副作用で実質的な不死を無理矢理付与されたとはいえそれさえ貫通、もしくは耐性外からのアプローチなどの事故要素は山ほどある

「考えんのめんどくせえなあ...」

天井を眺めながら、燃えかけの煙草の紫煙を吐き出した


#6 Awakening

少女は壁の外を見た事がなかった。孤児として拾われ、修道院で育てられた。敷地内の壁の外の世界を見てみたい、それが彼女の夢だった。物心付いた時から神を信仰し、祈りを捧げ続けた。
彼女の夢は、最悪の形で叶う事になる。神への懐疑心を、一生心の中に植え付けながら。

まどろみの中目を覚ました。暖かい日差し、鳥の鳴き声、目を擦り上体を起こした。
二段ベッドの下に位置する場所で目を覚ました、部屋には誰もいない。

「大変…!寝過ごしたかしら!」

バタバタと服を着替え部屋を飛び出す、着る服は俗に言う修道服と呼ばれる物だ。毎日礼拝をするのが日課だった、一度も欠かした事は無かったのに。
ドタドタと滑り込むように礼拝所の扉を開く…が、誰もいない。何故?時間を過ぎたから?でも時間はそれほどズレていない、本来なら皆がいるはずの時間ではあるはずだと時計を確認しても、その事実が突き付けられるだけだった。何処に行ったのか顎に手を当てて考えていた瞬間、耳をつんざく何かの音がする。火薬が炸裂する音の後に悲鳴が聞こえた。

「庭の方から…?」

全身を嫌な予感が走った、それでも確認しないわけにはいかなかった。
ふと、廊下の窓から庭の様子が見える位置がある場所を思い出す。顔だけをそろりと出し、庭を確認するが、その光景を忘れる事はないだろう。
手に黒い鉄の塊、拳銃と呼ばれる物を握った複数人が中庭にいる大人のシスター、同年代の顔見知り、同室の子供達に銃口を向けていた。うち1人は地面に倒れ伏し、赤い染みを地面に作っている
脳が痺れる感覚がした、足がすくんで動かない。そんな中こちらへ走ってくる足音がする

「亜門さん!こっち!」

その人物は自らのいる部屋を担当していたシスターだった、声量は抑え気味にし、足早に姿勢を低くして駆け寄って来たところを訳も分からないまま手を引かれるようにして自室まで連れられた

「亜門さん、落ち着いて聞いて…いや、それよりも貴方だけでも無事でよかった、きっと普段の行儀も良かったからね…」
「あ、あ…先生、あの人達は…?皆は…?」
「大丈夫、きっと大丈夫だから…いい?貴方はここにいて、ベッドの下に床下収納があるの、貴方の体の大きさなら潜り込んで入れると思うから…」

そういうと急いで入るように押し込むようにしてベッドの下に自分を滑り込ませた

「絶対に出て来ちゃダメよ…貴方ならきっと無事に生き残れるわ」

待って、と言おうとしたが既に遅かった、暗闇の中に身体が落ちていき、ほんの少しではあったが身体を打った衝撃で気を失ってしまう


どれほど経っただろうか、目を覚ました時には何も聞こえなかった。恐る恐る蓋を開き部屋の様子を見るが誰もいない、時間は夕方らしかった
赤い夕焼けが誰もいない部屋と廊下を照らしている。廊下の角に赤い何かが見えた

「あ…」

泣きじゃくるのを我慢して歩を進める、うつ伏せに倒れたそれに見覚えがあった。

「せん…せえ……」

自分を育ててくれた恩人が、逃してくれた恩人が、余りにも無残な姿で床に転がっていた。何度揺すっても声をかけても反応は無い、冷たい身体に頬から落ちた熱い何かがパタパタと落ちた。
庭は、凄惨だった。
自分以外の全員が射殺され、地面に転がった肉の塊になっていた。何の為に平穏な生活を望んで祈りを捧げ続けたのか、神がいるならこんな事にはならなかったのではないか、そう思った純真無垢だった少女は、生まれて初めて憎悪を抱いた

「神様なんて…最初からいなかった……」

神が、憎かった。そう思った瞬間全身を何かが駆け巡った。指先から何かが迸り、つんざく爆音が耳を灼いた。目視出来るそれは雷だった。皮肉にも、自らの身体から出ているそれは、神が使うとされる黄色の雷だった。


壁の外に出ようと決心した。皮肉にも開花してしまったシンドロームの力を使い、その身に憎悪を宿した神の背反の徒が生まれた。
彼女はきっと誰にでも優しいだろう、強く宿した怒りを露わにしない様に、強く刻まれた凄惨な記憶を忘れないようにする為に
そして、この事件を生んだ犯人を、何処までも追いかける為に

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