SS - 八十八 あはと

01.

憎イ…
壊せ、喰らえ、その声が無限に脳内に響く、心のまま、この憎悪を吐き出せと…
他者を喰ライのうのうと生きているあのバケモノ共が憎イ…
あぁ、いいだろう、奴らに鉄槌を、あのようなバケモノ共に復讐を…
喰ラエ、滅セ、叩キ潰セ、地獄ニ堕トセ…
声にならない怨嗟が空虚な穴から漏れ出す、衝動的に、憎悪に身を任せて目の前の捕食者を喰らう、喰らって、喰らって、喰らいつくす…
死ネ、死ネ、貴様ラなぞ消え去ッテしまえ…
あてもない復讐は終わらない、憎き捕食者を根絶するまでは…
我が憎悪ヲ、絶望ヲ、奴らに教えてヤルのだ…
己を喰らい血肉としたあいつはもう喰らった、絶望の表情も叫ぶ声も記憶の果てにもはやどうだっていい、
すでに破綻した精神と肉体、憎き捕食者を捕食者そのものとして捕食せずには生きられないそれは彷徨い、今日もまた一つの災厄を引き起こしていく


02.

「おにーさーん?僕のこと食べようとしてるみたいだけど、やめておいたほうがいいですよー?」

ふわりとした髪の幼い少年は目を細め困ったような表情を浮かべつつも両手を前に出して止めるような仕草をする、その視線の先には獲物を見つけてご満悦といった表情のバイサズオーヴァードの男、今か今かと待ちわびるように笑い、目を狂気的に輝かせて……。

「は、そんなうまそうな匂いさせてる方がわりーんだよ、死にたくねー?なら、逃げ延びてみせろよ、俺からよぉ!」

じわじわと一歩ずつ路地裏を追い詰める、少年は距離を保つように一歩ずつ下がってゆく。

「うん、そのつもりだけど……見た目で判断することはよくないことだよ?兎に見えてるかもだけど、兎が生き延びるのも、たまたまじゃなくて理由は当たり前にあるんだよ?」

じわじわ、一歩ずつ、やがて路地裏の道は細くなり、行き止まりへとたどり着く。

「行き止まりか……さぁ、覚悟しておけよ?喰われる覚悟をなぁ!もう俺は腹がペコペコなんだよぉ!」

一触即発の空気、困ったような仕草をしつつも穏やかな少年の顔も少しだけ変わる、そして「言っても無駄か、仕方ない、目立つのは避けたかったけれど……」と呟くと顔の前で距離を取るようにしていた手を下ろす……。

「おっ、覚悟はできたみてーだなぁ?ならその覚悟が鈍らねーうちに喰ってやるよ!感謝しろよ、恨むなら自分の不幸を恨むんだなぁ!」

男が駆け出す、腕をハンマーのように変形させて襲いかかる、そのまま振りかぶり少年を撃ち抜くと吹き飛ばされた少年は壁に叩きつけられる、轟音とそこにかき消されるようだが男にはしっかりとわかった鈍く骨が砕けるような音、口から軽く血を吐き出しつつも少年は崩れた壁の中に埋められている……。
即死だろう、だが、狙われた少年も人間ではない、即座に再生機構が発動し戦闘に支障がない程度まで回復するのを待たず、男は嘲笑いつつも待ちわびた捕食をするため少年へと近づく。

「ほらなぁ?所詮お前は俺に喰われる運命だったんだよ、じゃ、ありがとなぁ?美味しい肉になってくれてよぉ」

「……ん………りょう……」

「ん?なんだ?遺言くらいなら聞いてやってもいいぜぇ?」

いきなり壁から少年の姿が消えると雷が落ちたかのような轟音とともに全身の半分が炭化した男が大穴の空いた地面に刺さっている。
間違いなく即死、それも再生すら容易ではないほどの……。
そこを見下すボロボロの少年、だがさっきまでとは違う感情の色のない瞳、頭に生えた狐のような耳、大人びた雰囲気は只者ではないそれを感じさせる。

「警告は何度もしたのじゃがな、それで止まらぬお主が悪い、自分のことをうさぎを見つけたライオンと思い上がるのはいいが、世の中は別にそう甘くはないし、お主はそういう器でもなかろうに」

そう言いつつも手を振り下ろすと再度の落雷、焼き尽くされた男は塵すらも残せず消滅した。

「……服もランドセルもボロボロになっちゃったや、まぁ、こんなの擬態のようなものだから拠点に戻ればいいだけだけどさ」

パッといつものどことなく薄っぺらい笑顔に戻る、耳も雰囲気も同じように一瞬で、そして道具を詰め込んだランドセルを背負い直すと路地裏を去っていく……。


03. Day at fall ,winter

「'……きみも迷子?そっか、ボクもさ、ただ行き場、いや、居場所かな、それを求めて彷徨い続けて……'」

伝わらないのを理解しながら、ロシア語で路地裏の野良猫に話しかける。
渋谷のコンクリートジャングルの夜は蒸し暑くて、それに、騒がしい。
無秩序な喧騒は嫌いじゃないけれど、これを守らなければならないのだともわかっているけれど、自分がそこにいるという実感は、いまだに湧いてなんていない。
この空間に馴染むために街で少しだけ目についた服を身に纏って過ごす今は、どこかまだまだ違和感がある。
ふとビルの隙間から空を見上げた。
隙間から見る空は狭く見えてしまうけれど、空は一つしかない、ボクがロシアで見ていた空と同じ空……違って見えても、それは見えている面が違うだけ。
そのまま空を見つめていると一筋の流れ星……そういえば、今はペルセウス流星群の季節、まだ少し早いけれど、降り始めていても不思議じゃない。
祈ることもないけれど天体ショーを見るのはどこかいい気分になれる、猫の横、コンクリートに腰掛けて空を見つめる、また、少し早いのに……なんだか、やけに多いような、いや、確実に、多い……。
ビルの隙間じゃ、見にくいか、ボクが立ち上がると猫はどこかに去っていった。
降り注ぐ星々、どことない胸騒ぎを感じながらもあまりにも美しい光景は、ボクの心に焼き付いた……。

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